正則高等学校

正則高等学校

スマートフォンメニュー

正則の歴史・伝統

1889年創立 1世紀をこえる伝統

外山 正一 外山 正一
(1848~1900)
東大総長。文学・哲学・理学など、ひろい知識によって教育界貢献。わが国近代詩の先駆者として名高い。
元良 勇次郎 元良 勇次郎
(1858~1912)
初代校長。東大教授。わが国心理学の先駆者。
神田 乃武 神田 乃武
(1857~1923)
第2代校長。一橋大教授。わが国英語教育の開拓者として名高い。
  • 本校は1889年(明治22年)、外山正一・元良勇次郎・神田乃武の三先生によって創立された。三人の先生は、当時の官立上級学校への入試のための知識の伝授のみをすべてとする、予備校化した中等教育を「変則」な教育と強く批判して、近代日本を背負って立つ青年たちのために、もっと人間としてひろがりのある「正則」な教育をしなければならないと主張した。これが本校創立の精神であった。
  • この創立の精神は「本来の学校らしさ」を求める校風として今日まで引き継がれ、生きている。
  • 1973年(昭和48年)には、日本の教育科学研究会の創立者・城戸幡太郎先生(元北海道教育大学・学長)を校長に迎え、今日の正則教育を造り上げる画期をつくった。

先輩にはこんな人たちが・・・

本校の卒業生のなかにはIN強じん銅の発明者・中村素、建築家の前田健二郎、日本美術史の上野直昭(東京芸大学長)、日本俳句会の革命児・萩原井泉水、ガン研究の世界的権威・長与又郎(東大学長)、戦後日本の首相・吉田茂などがいて、また、二戸田六三郎(哲学)、大場磐雄(考古学)、三谷栄一(物語文学)などは昭和の学会・教育界の重鎮として君臨している。
さらに昭和も戦中・戦後と下るにつれ、芸術・芸能の分野にも、歌手・近江俊郎、サックス奏者・与田輝雄、劇団民芸の俳優・梅野泰晴、往年のアイドル・森田健作、歌舞伎俳優でテレビの茶の間にも顔を出す中村吉三郎、写真家・ハービー山口、テンペラ画の新鋭画家・大矢英雄などユニークなキャラクターを輩出してきている。
吉田茂首相(旧制3回)と 佐藤尚武参議院議長(旧制7回)

吉田茂首相(旧制3回)と 佐藤尚武参議院議長(旧制7回) <昭和24年11月15日、参議院議長室において>

「世界之正則」/吉田茂筆

「世界之正則」/吉田茂筆

ページトップへ