正則高等学校

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卒業生の声

 山崎 敏男 (中央大学 法学部)

 「勉強」とはなんなのか、なぜするのか。誰もが一度は疑に思ったことがあるだろう。少なくとも私は正則高校に入学する以前はその疑問を持つも、答えを見つけることはなかった。強いて言えば「自分の将来のため」という単純な考え方でしかなかった。
 マクドナルドのハンバーガーを題材に授業として使った学校は一体何校あるだろうか。正則高校の授業は実にユニークで、私たちの身の回りにあるものから考え始めていく。当たり前のようにあるモノの裏側の姿に私は今まで考えることもなかった。だが、こうした授業があったことによってそれまで私が持っていた「勉強」という概念が徐々に崩れ去っていった。
 「勉強」というとどうしても私は机にしがみついて教材とのにらめっこ勝負だと思っていた。だが「勉強」してもテストの点数がとれない、偏差値が上がらないということになっていた。私は数字に捕われすぎていて「勉強」が苦痛で嫌になっていたのだ。だが、この三年間を通して「勉強」とは知識だけでなく、自分で見たり、聞いたり、感じ取ったりすることすべてが勉強であることに気がついた。そして体育祭や学院祭のような学校行事もまた、単に気晴らしのためのものではなく、他人から何かを学ぶ機会であることから、勉強の一種と考えるようになった。
 このように勉強は頭だけでするものではなく、体全身ですることが本当の勉強であり、勉強をすることによって自分自身が磨かれ、より大きく成長させてくれるものではないだろうかと思う。こう考えさせてくれたのも、やはり学習旅行のおかげだ。現地に行って思い出づくりする旅行ではないが、私の今までの人生のなかで一番の思い出になった。そして知識だけの勉強をしていては学習旅行の深さがわからなかったと思う。
 正則高校で学んだ三年間で私は本当の勉強とはなんなのか、なぜ勉強をするのかが少し分かった気がする。そして勉強をする意味がわかったからこそ、真剣に勉強と向き合えた。同時に自分が何をしなければならないかという社会からの問いかけに真剣に考えるきっかけになった。またチャレンジ精神と自信がもてるようになった。そして「大学」という進路先がみえ、今の自分があると思う。正則高校での三年間は本当の学びの三年間であった。

浅井 悠 (駒澤大学 法学部)

Aさん 私は正則の高校で新しい自分を見つけ出すことができました。中学生までの私は、積極性という言葉が全く似合わないような、常に誰かの影に隠れて目立たないように過ごしている生徒でした。正則高校に入学した当初もそんな自分を変えたいという意識はなく、嫌なことや面倒なことは避けて、好きなことだけに力を注いで過ごしていました。しかし、それではいけないとことを正則高校で教わりました。何事も中途半端という情けない自分に気づき、このままではいけないと次第に意識が変わっていきました。
 そして、今まで自分には向いていないと決めつけて避けてきた、学級委員長や部長などの人の前に立つ役職を務めたことで、私は新しい自分を見つけ出すことができました。後押ししてくださる先生や、支えてくれる仲間がいて、私にも務まるのだという自信を持てたと同時に、その立場にならなければ感じることのできない辛さや、喜びがあることを知りました。決して楽しいことばかりではありませんでしたが、クラスメイトや部員と真正面から向き合った時間は、私の3年間で最も濃いものとなりました。
 正則高校では、学習を軸とした生活はもちろん、クラス活動・部活動・委員会活動も全て全力でやることの大事さを学びます。私の場合は、大好きな吹奏楽部の活動から自分を見出していった結果、クラス活動にも力を注ぐようになり、委員長・部長などの立場の変化から勉強も頑張れるようになっていました。私の周りの友人も、各々形は違いますが変化があり、その影響を受けてお互い刺激し合いながら成長していました。3年間クラス替えがないというのも、お互いの変化を感じるにはとても良い環境であり、3年間かけてクラス単位での成長も感じることができました。正則高校でこれまでの友人と少し違う、ありのままの自分を受け入れ合える仲間もできました。
 これから高校に入学する皆さんも、是非この正則高校で新しい自分を見出し、他の高校とは一味違う充実した高校生活を送ってください。

横山 翔(日本大学 芸術学部)

Yさん 男性 中学校時代、私は控えめ性格だった。委員会活動や部活に積極的な人ではなく、むしろ消極的だったと言える。勉強もできず、夢もなかった。しかし、正則高校の三年間を経て、私は変わることができた。
 正則高校では、努力した分、しっかりと評価される。努力している者に、自然と光が当たるので、常に前向きな姿勢で物事に臨める。そのため、私は多くのことに挑戦できた。勉強や部活動に加え、学級委員や実行委員などにも、積極的に参加。以前の自分には、想像もつかない変化が起きていた。
 しかし、私が多くのことに挑戦できたのは、私自身の努力だけではない。そこには、友達や先生方の大きな支えや刺激があった。
 正則高校の三年間には、一度もクラス替えがない。担任の先生も原則変わらない。それが正則高校の大きな魅力の一つだ。クラス替えがない分、密な交友関係を広げることができる。その中では、時に衝突や諍いが起こるだろう。しかし、クラス替えがない分、良い意味で逃げられない。ないがしろにせず、課題を乗り越え、互いの信頼関係を深め合える。
 私の周りには、支えとなる友人がいた。時に衝突し、いがみ合うこともあったが、それを乗り越え、良い意味で刺激し合える関係を築けた。消極的だった私も、周りの友人に触発され、少しずつ、物事に対して積極的に行動できるようになった。他人の努力に触発され、自分も努力しよう、と意気込むこともあった。正則の環境下だからこそ、私はさまざまなことに挑戦できたのだ。
 また、正則高校では、社会と向き合う場面が何度もある。私たちが生きている、社会とは何か。社会の裏側には何があるのか。そこには想像もつかない現実があり、その一端を学べる。それを象徴するのが二年時の最後の行事である、学習旅行。社会に触れることで、「私には何ができるのか」と、自分を見つめ直すきっかけになるだろう。
 正則高校では、勉強に限らず、多くのことを学べる機会がある。そして、学ぶ権利が全員に振り分けられているのも魅力の一つだ。努力することを臆せず、仲間とともに過ごす三年間は、必ず充実するだろう。

山口 咲楽(明治学院大学 社会学部)

Yさん 女性 『高校三年間で悔いの残ることは何ですか?』卒業してから幾度も聞かれた質問。その度に考えるが、何も出てこない。悔いのない、充実した3年間だったと心から言える。それは決して、苦しいことや悲しいことが無かったからというわけではない。自分にとってマイナスなことも、乗り越え、頑張ることが出来たと自負しているから、こう言い切れるのだと思う。
 私は、中学3年間、なかなか自分を出すことが出来なかった。真面目にいることを、よく思われないこともあるとわかっていたからだ。人の目を気にしてしまう自分がいつもいた。しかし、高校3年間は違った。体育祭・学院祭は、一部の学級委員や力を持つような人が作るものではなく、クラス全員で助け合って作っていくものだと教えられ、一人ひとりが意見を出し合って話し合いを重ねた。その過程で、ゆっくりと、自分を出していくことができた。クラスのみんなで協力すると結果が生まれて、みんなと喜び合えるのが本当に楽しかった。自分を出すことで、友達とぶつかり、喧嘩することもあったが、自分を出さずに閉じこもって傷つかないように過ごすことより、ぶつかった先にある、わかりあえた瞬間や、許しあったときの優しさは、何よりも自分を成長させてくれるものだった。
 また、私にとっては、正則高校の先生方が本当に大きな存在だった。いつも真摯に話を聴いてくれて、向き合ってくれた。どんな時も、先生は温かかった。信頼できる大人がいることは、こんなにも安心するのだとわかった。3年間を共にした友人も、時間をかけてお互いを理解することが出来、きっとこれからもずっと関わっていくのだろうと感じている。ぶつかりを経たことで、簡単には手に入らない強い友情が、私にはある。
 この3年間で培った思いは、きっとこれからも、私を支えてくれる。正則高校での3年間は、自分らしくいられるように、ずっと私の傍にいてくれると思う。

柏木 敏美(慈恵看護専門学校)

kさん 正則に入った頃は、中学の時と違って勉強をしなかったら留年したり卒業できなくなってしまうと思い、不安が募った。でも、正則は特進クラスがなく全員が同じスタートラインに立つことができるから、初めから他の人と差がなく、自分の努力が結果につながってくる。だから、中学で苦手だった勉強を、高校に入ったことをきっかけに新しいスタートを切って頑張ろうと思えた。
 また、私が不安に思っていたことの一つに、どうやって勉強をしたらいいのかがわからいということがあった。しかし、正則では先生から学力を上げるための「8つのポイント」を教えてもらい、言われた通りにやってみたら、本当に成績が上がったのである。
 この「8つのポイント」は難しいことは一つもなく、すぐにできるようなことばかりだが、それを続けていくことがとても大切だと、1年生の最初の中間試験で思った。私は塾に通っていたわけではないが、そのテストで中学の時より良い成績が取れたのである。
 「8つのポイント」は基本的なことだが、私は基本的なことを知らなかったから勉強が苦手だったのかもしれない。基本的なことができてきた時、初めて勉強を楽しいと思えた。そして、いつの間にか勉強を苦手と思わなくなった。
 また、正則では感想文や自分の意見を書くことなど、文章を書く機会が多かった。私は感想文が得意ではなかったので、長く書けるか不安だった。だが、何回も書いていくうちに嫌だなと思わなくなった。これは3年間続く「国語表現」の授業や行事に書く作文などで、少しずつ慣れてきたからだと思う。特に授業やHRでクラスの仲間の文章を読み合ったことは、いろいろなことに気づかされる、学ぶことの多い体験だったと思う。
 そして、卒業前の自分史では8000字を書かなくてはならなかったが、どうにか完成させることができた。人生で初めてこんなに書いたが、やりきったことで自信がついたし、今後レポートなどの課題があった時、できると思えるようになった。
 振り返ってみると、正則では社会に出る準備として大切なことを沢山学ぶことができたと思っている。

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